
博多んぽん酢を応援している方々に、「いつから?」「どうして?」「どのように?」などなどをインタビューする連載コーナーです。
第1回:救急ヘリ病院ネットワーク理事長・国松孝次さん
静岡県生まれ。東京大学法学部から警察庁に入り警視庁本富士署長、フランス大使館一等書記官、大分・兵庫県警本部長、警視庁刑事局長などを経て、94年警察庁長官就任。99年から3年間スイス大使に就任し2002年に帰国。現在はNPO法人救急ヘリ病院ネットワーク理事長として、日本におけるヘリコプター救急の整備に尽力されている。
-- 吉野父ちゃんとの出会いは、父ちゃんがまだ新聞記者だった頃と聞きました。
35年ほど前ということですから、国松さんは兵庫におられた頃ですよね。
そうそう。兵庫県警時代だね。
あの頃は、「よっさん」は警察担当で大変な敏腕記者だったんだよ。
-- しつこいという意味で「マムシの吉野」なんてあだ名がついていたとか
それはマムシに失礼だよ!
もう喰らい付いたら離さないんだから。
私が一番の被害者じゃないかな(大きく笑いながら)。
一つのネタをつめていくシツコサは「マムシ」どころではないね。
-- 新聞記者時代とソース屋の主人になってからの吉野父ちゃんには、何か違いがありますか?
仕事人としての姿勢はまったく一緒だね。
その道を極める・精神を貫く。
まさに「頑固一徹」ってことだね。
「へべす」だって、自ら産地を訪れて探してきたわけだから。
-- そうですね、原料一つだって妥協はしていないです。とことん納得いくまで調べてから使ったり・・・。
新聞記者時代だって妥協はしなかった。
ソース作りもそうだと思う。
妥協して手を抜いたりはしない。大きなデパートに出して採算を取ったりしない。
メディアにこびたりしない。
私はソース作りをずっと見てきたから、純粋な気持ちで応援しているんだよ。
-- 具体的にはどんな風に応援されているのですか?
そうだねえ・・・(ちょっと考えつつ)実は特に決まった形での応援はしていないんだよ。
夏や暮れの挨拶として大切な友人たちに送ってもらいますね。
皆に喜んでもらえる。評判がとてもいいんだよ。
-- それではずばり、博多んぽん酢のどこが好きですか?
やっぱりよっさんの作るソースは、美味しいんだ。これだねぇ。家では、ハンバーグや肉料理なんかに使うことが多いですよ。ドレッシングとしてサラダにかけても美味しいね。
ぽん酢に大根おろしが入っているという奇抜さも素晴らしい。博多んぽん酢の美味しさは、よっさんの努力や研究の結晶だね。
「悪魔のソース」には博多んぽん酢のほかにもいろんなソースがあって、それぞれがとても美味しいけど、
やっぱり「博多んぽん酢」こそ「悪魔のソースの到達点」だと思いますよ。
-- 日本ではファンも多い博多んぽん酢ですが、ヨーロッパの人々の口にも合うと思いますか?
スイス大使としてヨーロッパにおられた国松さんにぜひお尋ねしたいのですが。
「食」に限らず、「文化」には、大原則があるんですよ。
それは「本物は受ける」ということ。
私はスイスでは文化交流が大きな仕事だったんですが、文化交流の催しで、長谷川等伯の「松林図屏風」を出展することがあったんですよ。
ご存知の通り、安土桃山時代の画家で、「松林図屏風」は国宝第一号の水墨画だね。
日本画のかもしだす余白の美。
西洋画にないこの美意識が西洋人に受けるか最初は不安だったが、心配無用だった。
「本物は受ける」。このとき実感したよ。
その国の文化を受け継いだ本物だったら、国境を越えても受け入れられるんだね。
そういう意味では、博多んぽん酢は受け入れられると確信しますよ。
とはいえ、やってみないとわからないがね!
ヨーロッパはソース文化だから、喜ばれるかもしれませんね。
第一回インタビューを終えて・・・・
NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク理事長として、ヘリコプター救急の普及に尽力されている国松孝次さん。
スイスでは、医師がヘリに同乗し、現場で治療行為を開始できる体制が定着しているそうです。
しかし日本では、救急といえば「救急車」という常識があり、なかなかヘリコプター救急の整備は進んでいない現実があります。
救急車だけに頼った救急活動には限界があり、交通渋滞などで遅延すれば本来なら助かる命を失うことにもなりかねません。
国松さんは警察庁長官時代に、何者かに狙撃されました。瀕死の重傷から無事生還したのは、救急医の神の手と救急車の連携プレーだったそうです。
だからこそ、救急車活動を補完するヘリコプター救急の整備に尽力されているのだというお話をうかがいました。私たち応援隊も一国民として、この問題に関心を持ち続けたいと思います。